妊娠してから、歯みがきのときに血がにじむ。歯ぐきがぷっくりして、以前より腫れている。「つわりで磨けていないから」「磨き方が悪くなったから」と自分を責めてしまいがちな変化ですが、研究で報告されているのは少し違う筋道です。
この記事では、日本歯周病学会会誌のミニレビュー「妊婦の歯周疾患と早産・低体重児出産」(2024年)と厚生労働省 e-ヘルスネットから、妊娠中に歯ぐきが腫れる仕組みと、いま何をするかを整理します。出血そのものの一般的な考え方は電動歯ブラシで血が出るのはなぜ?、歯ぐきを意識した当て方は歯茎の健康を守る電動歯ブラシの使い方にまとめています。
- 妊娠性歯肉炎は60-75%の妊婦に認められると報告されています。多数派に起きる変化です
- プラークの量は変わっていないのに、歯ぐきの炎症だけが増える。システマティックレビューがそう報告しており、レビューは「プラークコントロールの悪化によるものではないことが示唆される」としています
- 時期には山があります。妊娠第2期(13-28週)から3期(29-40週)で最も増加し、9ヶ月目に減少して出産後には妊娠前の状態に戻るとされます
- 産科側のガイドラインでは妊娠中・授乳中も歯科医療は安全で、妊娠・授乳を理由に治療を保留する必要はないと明記されています
- 歯周炎は早産のリスク因子のひとつ(健康な人11.2%に対し中等度〜重度歯周炎28.6%)。ただしリスク因子は喫煙・飲酒・年齢など多岐にわたります
- 当て方の基本は歯と歯ぐきの境目に軽く当て、3〜5秒で隣にずらす。使用は3分以内(e-ヘルスネット)
- レビューのまとめは「妊娠前に健康な歯周組織を確立すること」。妊娠を予定している段階がいちばん動きやすい時期です
妊娠性歯肉炎は「多数派」に起きている
まず頻度です。ミニレビューは妊娠性歯肉炎をプラーク性歯肉炎のひとつとして位置づけたうえで、次のように書いています。
妊娠性歯肉炎はプラーク性歯肉炎の一つとして分類されており,60-75%の妊婦に認められる
3人に2人前後という数字です。自分の磨き方に固有の問題があって起きている、と考える前に、頻度の高い変化だという前提を置けるということになります。
厚生労働省 e-ヘルスネットの「歯周疾患の自覚症状とセルフチェック」も、歯周病が起こりやすい方の特徴として「中年期以降の方/喫煙者/妊娠中/糖尿病にかかっている方/歯みがきのしかたが悪い方」を並べています。妊娠中がリスクの高い状態として挙げられているということです。7項目のセルフチェックそのものは歯周病のセルフチェック7項目で扱っています。
プラークは増えていないのに、炎症だけが増える
ここがこの記事でいちばん伝えたい部分です。ミニレビューは、妊娠性歯肉炎のGI(Gingival Index=歯ぐきの炎症の程度を表す指標)を調べたシステマティックレビューを次のように紹介しています。
妊娠によってプラークインデックスは変わらなかったにも関わらず,GIが有意に増加したことを報告している。このことから,妊娠性歯肉炎は妊娠に伴うプラークコントロールの悪化(プラークの量的な増加)によるものではないことが示唆される
磨き残しの量は変わっていないのに、歯ぐきの反応だけが強くなっている。つまり同じ量の汚れに対して、歯ぐきが以前より腫れやすくなっている状態だと読めます。つわりで磨けなかった日があったとしても、それだけが原因とは言い切れません。
実験的に確かめた報告も引かれています。歯周組織が健康な妊婦に対して妊娠中と出産後6ヶ月後に同じ条件で歯肉炎を誘発させた研究では、「妊娠中の実験的歯肉炎では出産後と比較して実験開始時から終了時(14日間)通じて歯肉の発赤,腫脹および出血が常に重度であった」とされています。同じことをしても、妊娠中のほうが反応が強いという結果です。
| 思い込みやすい説明 | 報告されていること |
|---|---|
| 磨けていないから腫れた | プラークの量は変わらずGIだけが有意に増加した |
| 磨き方が下手になった | 同条件でも妊娠中は発赤・腫脹・出血が常に重度だった |
| 一度腫れたら戻らない | 9ヶ月目には減少し、出産後には妊娠前の状態に戻るとされる |
なお「では原因は何か」については、レビューは断定していません。妊娠時に上昇するホルモンを利用できる細菌が関わるという古くからの仮説を紹介しつつ、「妊婦の細菌叢に関するSystematic reviewにおいても,…特定の細菌の増加は認められないという報告もあり,結論に至っていない」としています。歯周組織が健康な妊婦を調べた報告では、歯周病原細菌の増加を伴わずに妊娠性歯肉炎が発症したことが示唆されたとも書かれています。
時期には山がある
妊娠性歯肉炎は多くの場合,妊娠第2期(13-28週)から3期(29-40週)にかけて最も増加し,9ヶ月目には減少して出産後には妊娠前の状態に戻るとされる
上がって、下がって、戻る。いちばん気になる時期がいちばん腫れやすい時期と重なるので、経過の見通しを持っておくと判断しやすくなります。
| 時期 | レビューが示す傾向 |
|---|---|
| 妊娠第2期(13-28週)〜第3期(29-40週) | 最も増加する |
| 9ヶ月目 | 減少する |
| 出産後 | 妊娠前の状態に戻るとされる |
ただし「戻るから何もしなくてよい」ではありません。レビューのまとめは、妊娠中に歯周炎が発症するよりも「妊娠前に既に歯周炎を発症していた可能性が高いと思われる」としており、歯肉炎の山とは別に、もともとの状態が影響します。歯肉炎と歯周炎の違いは歯を失う原因はむし歯と歯周病で整理しています。
妊娠を理由に歯科を後回しにしなくてよい
受診をためらう方が多い部分です。レビューは産科側のガイドラインを次のように紹介しています。
また妊娠中,授乳中も歯科医療は安全であり,妊娠・授乳を理由に歯科治療を保留する必要がないことが明記され,歯科治療の遅れが逆に多くの問題を引き起こす可能性に言及している
「保留する必要がない」と「遅れが問題を引き起こす」が並んでいます。同じガイドラインは「歯科医師と連携し,妊婦・授乳婦に定説な口腔ケアを勧める」としている、とも書かれています。受診してよいか迷う段階で止まらず、産科と歯科の両方に状況を伝えて相談するのが筋道です。
あわせてレビューは、産婦人科と協力して歯科治療に臨む際は「血圧や血糖コントロールの状態,使用可能な薬物を確認した上で治療計画を立案」することが望ましいとしています。妊娠週数・血圧・血糖・服薬を歯科側に伝えることが、そのまま安全側の材料になるということです。
早産との関係は「リスク因子のひとつ」
不安をあおる書き方をしないために、数字と限界の両方を置きます。レビューが引くOffenbacherらの研究は1,020人の妊婦を対象にしたもので、結果はこうです。
| 歯周組織の状態 | 早産の割合 | 相対危険度 |
|---|---|---|
| 歯周組織が健康 | 11.2% | — |
| 中等度から重度の歯周炎 | 28.6% | RR 2.0(95%CI 1.2-3.2) |
| 妊娠中に歯周炎が進行した | 6.4%(進行しなかった人は1.8%) | RR 2.4(95%CI 1.1-5.2) |
レビューは全体として「多くの研究から歯周炎によって早期・低体重児出産のリスクは高まると考えられている」とし、歯周治療の介入についても「システマティックレビューで一定の効果が認められている」としています。
一方で、リスク因子は歯周病だけではないことも明記されています。「早産・低体重児出産のリスク因子は歯周炎の他にも頸管短縮,多胎妊娠,喫煙,飲酒,母親のBMIの異常な低値や異常な高値,妊婦の年齢の低値(20歳以下)や高値(35歳以上),男性の年齢の高値(40歳以上),不安,ストレスなど多岐に及ぶ」。歯ぐきの腫れだけを見て将来を心配しすぎる必要はなく、逆に歯ぐきを整えれば安心というものでもありません。
また、レビューは妊娠性歯肉炎そのものについては慎重です。まとめでは「妊娠性歯肉炎で歯周ポケットや歯周病原細菌が必ずしも検出されないという事実は,早産・低胎児出産に妊娠性歯肉炎が直接関係するとは言えない可能性がある」と書かれています。歯肉炎(歯ぐきだけの炎症)と歯周炎(骨が溶ける段階)は、この話では同じ扱いにできません。喫煙との関係は歯周病のセルフチェック7項目でも触れています。
いまできることを順番に
出血を理由に磨くのをやめない
やめるとプラークが残り、炎症は続きます。ただし強く磨くのも逆効果です。e-ヘルスネットは「歯と歯ぐきの境目にブラシの毛先を軽く当てます」としています。力加減の考え方は歯茎が下がるのはなぜ?にまとめました。
当て方と時間を基本どおりに戻す
e-ヘルスネットの手順は「ブラシを水でよく湿らせます」「歯と歯ぐきの境目にブラシの毛先を軽く当てます」「3~5秒当てたら、隣にずらしていきます」。そして「3分以内の使用にとどめることが推奨されています」とされています。磨く時間と頻度は電動歯ブラシは何分磨けばいい?で扱っています。
歯と歯の間を担当する道具を足す
e-ヘルスネットは電動歯ブラシについて「歯間部や隣接面の清掃効果は低いので、プラークコントロールを高めるには、歯間ブラシやデンタルフロスの併用が必要になります」としています。使い方はデンタルフロスの正しい使い方と歯間ブラシの使い方と選び方へ。
産科と歯科の両方に、同じ情報を伝える
妊娠週数、血圧や血糖の状態、使用している薬。レビューが治療計画の前提として挙げている項目です。どちらか一方にだけ伝えている状態を作らないのが安全側です。
つわりで歯みがきがつらい日をゼロにしない
全部できない日があっても、どこか1か所でも触れる形に落とすほうが、まったく触らない日を作るより炎症には有利です。歯みがきのタイミングの考え方は歯磨きのタイミングはいつがいい?にまとめています。
毎日の組み立て全体は毎日のオーラルケア完全ガイド、歯ブラシの替え時は電動歯ブラシの替えブラシ交換時期は?をご覧ください。
妊娠を予定している段階がいちばん動きやすい
レビューのまとめには、時期についての踏み込んだ記述があります。
歯周病は早産・低体重児出産のリスク因子であるが,妊娠していない時期に歯周治療を行う方が,妊娠後よりも治療の制約や患者の負担が少ない
そして最後の一文が「早産・低体重児出産のリスクを減らすためには,歯周病以外のリスクに配慮しながら妊娠前に健康な歯周組織を確立することが必要である」です。
すでに妊娠中の方にとっては過ぎた話に見えますが、次の妊娠を考えている方、産後のメインテナンスをどうするか決める段階では、そのまま使える指針になります。定期的な受診の位置づけは電動歯ブラシで始める予防歯科で扱っています。
- 妊娠性歯肉炎は60-75%の妊婦に認められる。あなたの磨き方だけの問題ではありません
- プラークの量が変わらなくても歯ぐきの炎症は増えると報告されています。自分を責める材料にしないでください
- それでも受診と毎日のケアは止めない。産科側のガイドラインは妊娠中・授乳中の歯科医療を安全としています
- 早産との関係はリスク因子のひとつ。歯周病だけで決まるものではありません
よくある質問
Q. 妊娠中に歯ぐきから血が出るのは、珍しいことですか。
A. 珍しくありません。日本歯周病学会会誌のミニレビューは、妊娠性歯肉炎が「60-75%の妊婦に認められる」としています。多数派に起きる変化です。ただし「よくあることだから放っておいてよい」という意味ではなく、歯科での確認が要ります。
Q. 歯みがきが下手になったから腫れたのでしょうか。
A. そうとは言い切れません。同レビューは、妊娠性歯肉炎のシステマティックレビューで「妊娠によってプラークインデックスは変わらなかったにも関わらず,GIが有意に増加した」と報告されていることを挙げ、「妊娠性歯肉炎は妊娠に伴うプラークコントロールの悪化(プラークの量的な増加)によるものではないことが示唆される」と述べています。GIは歯ぐきの炎症の程度を表す指標です。
Q. いつごろがいちばん腫れやすいのですか。
A. 同レビューは「妊娠第2期(13-28週)から3期(29-40週)にかけて最も増加し,9ヶ月目には減少して出産後には妊娠前の状態に戻るとされる」としています。時期によって上がって下がる山があるということです。
Q. 妊娠中は歯科を受診しないほうがよいのでしょうか。
A. 同レビューは日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会のガイドラインについて、「妊娠中,授乳中も歯科医療は安全であり,妊娠・授乳を理由に歯科治療を保留する必要がないことが明記され,歯科治療の遅れが逆に多くの問題を引き起こす可能性に言及している」と紹介しています。受診の時期や内容は、かかりつけの産科と歯科に相談してください。
Q. 歯周病は早産に関係するのですか。
A. リスク因子のひとつとして挙げられています。同レビューが引くOffenbacherらの1,020人の研究では、歯周組織が健康な人の早産が11.2%に対し、中等度から重度の歯周炎では28.6%(RR 2.0、95%CI 1.2-3.2)でした。ただし同レビューは早産・低体重児出産のリスク因子として頸管短縮・多胎妊娠・喫煙・飲酒・BMIの異常値・年齢などを併せて挙げており、歯周病だけで決まるものではありません。
Q. 出血しているとき、電動歯ブラシは当ててよいのですか。
A. 当て方の基本は厚生労働省 e-ヘルスネットに示されています。「歯と歯ぐきの境目にブラシの毛先を軽く当てます」「3~5秒当てたら、隣にずらしていきます」で、「電動歯ブラシはあまり長い間使用すると歯面や歯肉を傷つけてしまう可能性があるので、3分以内の使用にとどめることが推奨されています」とされています。痛みや出血が強いときは、自己判断で強く磨くのではなく歯科で相談してください。
出典
- 加藤幸紀ほか「妊婦の歯周疾患と早産・低体重児出産」日本歯周病学会会誌 66巻4号 p.151-157(2024年12月27日公開)
- e-ヘルスネット(厚生労働省)「歯みがきを助けるもの(電動歯ブラシ・歯磨剤・洗口液)」
- e-ヘルスネット(厚生労働省)「歯周疾患の自覚症状とセルフチェック」
本記事は公開されている資料の内容を整理したもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。妊娠中の歯科受診や治療の可否・時期は、かかりつけの産科および歯科でご相談ください。引用は原文の表記(句読点を含む)に合わせています。数値・記述はいずれも上記の出典に基づき、当編集部が独自に推定した数値は含みません。
毎日の歯磨きを、アプリでポイントに。
公式アプリ「みらくるポイント」は、染め出しで磨き残しを数値化し、毎日の歯磨き・舌磨き・フロスを記録できる無料アプリ。貯めたポイントは、今後サブスク商品の購入に使えるようになります。

